徹夜明けで意識も朦朧とする帰りの電車内。
朦朧とするけれども、カバンに入れておいた小説を手にとる。
森見登美彦の「四畳半神話体系」。
その第2話「四畳半自虐的代理代理戦争」を読む。
森見さんの小説は、とにかく登場人物がくだらないことを真面目に忠実にやってのけている。
大人になるとくだらないことはしない傾向になっていったりするけれども、たまにはくだらないと思う事にあえて取り組んでみるところに悟りというものがあるとか。ないとか。やっぱないだろうけど(?)
くだらないからと言って、それに手もつけないようなことではなんか人生楽しんでないような気が、個人的にしているから、たまにはくだらないと思っていても立ち向かってみようかと思う。
「また、寄り道ばっかりしてー!」なんて怒られるかもしれないが、その寄り道こそが人生の蜜なのだと。
私はそう思い続けていたいと思う。まぁほとんどくだらないことだったりするのだけれども。きっと。
それにしても本当にくだらないことばっかりやってる話だなぁと。
そのくだらなさが、なんとなくロマンチックに思えてきたり、なんか感動したりするのは、森見さんの小説の魅力なんだろうと。
第3話は「四畳半の甘い生活」。
タイトルからしてなんかにおうw
素晴らしきかなくだらなき人生。
と、かっこつけて言ってみても所詮くだらない。
ここで間違っちゃいけないのは、くだらないことはさして内容もなければ、理由もなく、得られるものもほとんどないことである。
したがって、人生まるまるくだらないことばかりでは人生そのものが内容がないものとなってしまう。
たまにあるからいいものなのだと。くだらなさは。
と、徹夜明けの意識が朦朧とした中での妄想の一部をご紹介。
実にくだらないポストだw