2009/07/03

えらそうな事を言う。

たいそう、えらそうな事を言いました。



お前何者だよ?ってくらいえらそうな事を言いました。



すみませんね。
そんなえらそうな事を言うだけの人間ではありませんのに。



人に言ったえらそうな事は、自分自身に言い聞かせていることでもあったりします。
自制の言葉であったり、
心に留めておきたい言葉であったり、
そうでありたいという願いであったりするのです。



でも私は、そのえらそうな事は間違ってないと、かなり強く思っています。



ここ数日、ここにもメッセージ性の強い話を書いていますが、
まぁ、たいした意味はないのですが(?)


私からのエールなのです。
私に関わる人には、みんな幸せであって欲しいと強く思います。

ほとんど毎日顔を合わせるあなたに。
たまにふとした瞬間に繋がるあなたに。
同じ空の下、どこかでなにかをしているあなたに。

幸せであれと強く思い続けることが大切なのだと思っています。


きっと全員が全員幸せであるのは難しいと思います。
それぞれの幸せの定義は違うし、苦労があってこそ幸せが光ってくるものだと思います。


はっきり言って理想論だと思います。
ですが、心の中でくらい理想をうたっても良いと思っています。
心の中で強く思っていても、外に出るのはその50%も満たないでしょう。
もし、心の中で遠慮して70%しか思っていなければ、
もしかしたら10%も外には出て行かないかもしれない。


だから心の中では100%強く思うのです。
どうせ、自分の心の中なんだから。
誰かに侵される心配はないのですよ。


だから、それぞれが幸せだと思うことを、
それぞれの心の中で100%思っていて欲しいという思いもあります。

その100%は、そのまま表に出せばただの我が儘であったりもするでしょうが、
ほとんどの人は、他の人を思い、時に遠慮したり、譲ったり、助け合ったりするでしょうから、100%がそのまま外で生き続けることはないのが現実だと思います。

それは仕方なく100%が減っていってしまうということではなく、変化していくのだと思います。
外との関わり合いの中で、他の人の思いとぶつかり10%減り、周りの環境とぶつかり10%減り、そうやって最終的に50%になったとしても、それは自分の思いが外に出た場合の100%なのだと思います。
それは変化を遂げた思いの進化形ではないかと思っています。



だから、とりあえず出発点では100%から始めて欲しい。始めたっていいじゃない。
それは我が儘なんかじゃないんだから。
自分の幸せを、自分自身が一番思っていなくてどうするの。
あなたが幸せになることが、周りを幸せにすることだってあるのですよ。

少なくとも私は、あなたが幸せになったら嬉しいです。








と、そんな感じに、えらそうな事を言いました。

ね??どんだけ偉いんだよお前って感じでしょ?