最近は『言葉ではない発言』ということを意識していたりします。
自分自身についてもそうだし、他人についてもそう。
言葉は発言の内の一つでしかなくて、
それだけを信用するのはちょっとこわい。
言葉ではない発言の方が本質をついてるような気がする。嘘が少ない。
言葉はいくらでも飾ることができる。
蓋を開けると、はりぼてだったということもよくある。
学生の時に、言葉で説明しないプレゼンをするという授業があった。
言葉で説明できない時に、何がものを言うか。
それは紛れもなく、そのもの自身。
そのものの全てがものを言う。
その時に、自信を持ってそのものを人に見せることができるか。
言葉で説明するときと同じくらいずっしりしたもの言いができるか。
言葉ではない発言は生半可なことをしていたら何も言えない。
そのもの全てが発言。誤魔化しがきかない。
言葉のように着飾ることもできない。中身がないはりぼてならば、からっぽなのは一目瞭然。
自分自身について、言葉ではない発言をしようとするとなれば、適当なことをしていては誰も信用してはくれないのではないですかね。
はっきり言って口で言うのは簡単で、言葉での発言がいくら立派でも、それに頷くとしてもほんの一瞬。
実はすぐバレてるよなぁと思います。
それは言葉ではない発言を見ていればすぐわかることです。
そのためには、言葉ではない発言があることを認識すること。そして、それを読み取れること。
そしてそして何より、自分自身が言葉ではない発言できちんとものを言えるようになること。
言葉を使わないで、自分自身について述べるとする。
こんな自分じゃ何も言えないと思うか、しかと聞きたまえと思うか。
さぁ、ごまかしはききませんよ。