2008/11/13

誤解は人生を彩る

言わなかったっけ?
好きだからだよ。





って面と向かって言われたらどうとらえる?
シチュエーションもあるだろうけど、ぱっと思うことは自分のことが好きだからってまずとらえるんじゃないかしら。
そう思った瞬間、心に花が咲いたような気分にならない?
自分がその人をたいして意識してなくても、その人が自分のことを好きかもしれないと思った瞬間、気になって気になって仕方がない。
その人のことをいつも考えてる。考えるだけでドキドキする。
そんな風に考えてるうちに自分もその人を好きになっていく。





と、実はただの勘違いだったりして。

そんな内容を最近読んだ小説であって、なるほどー。なんて思った。
梨木香歩の「西の魔女が死んだ」の中の短編小説。「渡りの一日」


その中に出てきた言葉。

「誤解は人生を彩る」


嬉しい誤解は、誤解してる間は楽しくさせる。ちょっとしたスパイスになる。
なんか今までの自分の考え方の逆の発想だなぁと思ってちょっと面白かった。
世知辛くても真実がいいに決まってる。
それが今までの私の考え方だった。

でも最近はちょっと違ってきてるけれども。ね。
世知辛い真実なら知らない方が幸せだよなぁ。と。
嘘か真実かわからず、でも幸せだったとして。
それは滑稽で何も知らずに可哀想なんて思ったりするけれども。
実はそれはそれで幸せそうにしていれば、周りは大事にしてくれるんだなぁと思った。
真実を知ってる人はその人を可哀想だと、哀れに思うかもしれない。
でも、本人が自分の知ってることが真実で、実のところの真実を知らないことさえも知らないのだから、それで幸せと思っているのならばそれが最良なんじゃないかと。

そう思うと、嬉しい誤解は解かれれば残念な結果になるのだけれども、誤解してる間は幸せで、誤解が解かれてなーんだ残念。って思っても誤解が生んだ幸せは結構いいものなのかもなぁと。
まぁ、結局のところ、誤解だったのだから最終的に何か生まれることはないのだけれども。

でも何か心に刺さってしまった。
「誤解は人生を彩る」

その言葉で、馬鹿正直に生きていったっていいじゃないかって後押しされたような気がした。
自分の持ってる真実が誤解であってもそれで自分が満足してたらそれでいいじゃんって。

その言葉の解釈さえも間違っていて、
誤解であったとしても、幸せだったらいいよね。

ほら、さっきから言ってるじゃない。






誤解は人生を彩る。